気象庁では、この夏の高温が続いている事態に対し、
「命に危険が生じる暑さが続き、災害という認識だ」
と訴えています。

 ただし、ここ数年の夏を見ても、この暑さはもう非常事態というほど、不思議なことではなくなっています。

 こうした時期に2020年の夏季オリンピックを行うということは、明らかに生命の危機が生じる環境を認識していながら、平和の祭典という矛盾した目的に進んでいるという感があります。

 先日、学校で屋外学習をした子どもが熱中症にかかってしまい、校長先生がお詫びをしていましたが、
オリンピックの競技に参加した観客や選手が熱中症になってしまったとしたら、いったい誰が責任をとるのでしょうか。人為的に開催期日をずらすことは、いくらでも可能と思うのですが……。

 この問題はどうも、受動喫煙が一向に解消されないことと似ているようです。責任者不在という点です。

 ある人が受動喫煙で具合が悪くなっても、誰の責任かは絶対に明らかになりません。当事者はいるはずなのに、おそらく罪悪感さえ感じていません。具合が悪くなる人は必ずいるにも関わらず、です。

 世の中、文明が進むほど、単純なことが簡単にできなくなるようです。

 記・田中潤(受動喫煙撲滅機構 理事長)

(某衣料品店の掲示)